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東京地方裁判所 平成元年(ワ)5742号 判決 1991年6月18日

原告

坂内俊雄

右訴訟代理人弁護士

小寺貴夫

右訴訟復代理人弁護士

黒岩哲彦

被告

新東タクシー株式会社

右代表者代表取締役

川島すま

右訴訟代理人弁護士

高橋一郎

奥野滋

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し、金一二万六三六〇円及び平成元年五月以降毎月二九日限り金二九万一六〇〇円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

本件事案は、被告会社がその営業所長であった原告を解雇したのに対し、原告が被告のした解雇は無効であるとして、雇用契約上の地位確認と賃金の支払を請求するものである。

一  当事者間に争いのない事実経過は、次のとおりである。

1  原告は、昭和五二年八月五日被告会社にタクシー運転手として雇用されたが、昭和五六年八月見習事務員及び当直要員として内勤を命じられ、昭和五七年二月二六日内勤者として正式に採用され、同年五月営業係長、運行管理者、昭和六一年八月一日被告会社の梅田営業所長となり、昭和六二年六月一五日から課長を命じられて梅田営業所長の職にあった。

2  被告は、平成元年四月四日原告に対し、他人に対し暴行脅迫を加えたこと等を理由として同月七日付けで原告を解雇する旨の意思表示をすると共に、解雇予告手当として三〇日分の賃金を支払う旨を告げた。これに対し、原告は、右解雇を不当として予告手当の受領を拒否した。

そこで、被告は、あらためて同月五日到達した内容証明郵便で右の意思表示等を通知したうえ、同月一〇日右解雇予告手当を供託した。

3  平成元年四月当時、原告の賃金は一箇月二九万一六〇〇円であり、毎月二〇日締めでその月の二九日に支払う約束であったところ、被告は、原告が解雇により従業員の身分を喪失したとして、原告に対する平成元年四月七日以降の賃金の支払をしない。

二  このような事実関係の下で、原告は、被告のした解雇は解雇権の濫用であるから無効であると主張して、雇用契約上の地位確認請求をすると共に、平成元年四月七日以降の賃金(同年四月二九日支払分の一二万六三六〇円と同年五月から毎月二九万一〇〇〇円)の支払を求める。

これに対して被告は、本件解雇は後記のような理由に基づくものであるから解雇権の濫用には当たらないと主張して、請求の棄却を求める。

第三争点とこれに関する双方の主張

一  本件の争点は、被告のした本件解雇の意思表示が解雇権の濫用に当たるか否かに尽きる。

二  解雇権の濫用に関する当事者双方の主張は、次のとおりである。

1  原告

本件解雇は、次に述べるところから明らかなように、解雇権の濫用である。

(一) 被告が解雇理由として主張する事由は、いずれも事実無根である。

被告主張の志田に対する暴行の件は、志田が大声を挙げて車両の変更を要求してきたのに対して、原告が所長としての立場から志田の肩を押えてその言動を制止したものに過ぎない。

(二) 本件解雇は、原告からの事情聴取など弁明の機会を一切与えずに、突然一方的にされたものである。

(三) 本件解雇の真の動機は、被告会社の前社長が昭和六二年四月に没した後、現社長の下で会社の重要ポストを社長一族で独占しようとしたところにある。また、原告は、社長の実弟である川島政治社長室長や犯罪の前科があるのに社長の特別の計らいで総務部長をしている青木博から個人的に敵意を持たれていたため、本件解雇を受けたのである。

(四) 原告は、被告会社からその勤務態度や業績を称える表彰を受けており、管理職としての適格性を備えていた。

2  被告

被告が本件解雇をしたのは次の理由に基づくものであり、解雇権の濫用に当たらない。

(一) 原告は、平成元年三月二日、被告会社梅田営業所所属のタクシー運転手の志田英紀と車両の配車のことで口論となった際、同人に対し暴行を加え、通院約一箇月を要する頭部及び右肩打撲の傷害を負わせた。

(二) 原告は、平常の就業態度が悪かった。すなわち、原告は、梅田営業所長になって暫くしてから、勤務時間中に営業所内で飲酒するようになり、ひどい時には週に三回くらい勤務時間が始まる朝早くから酒を飲み、運転手の休養室で寝ているという状態であった。また、元来賭博が好きで、運転手時代にサイコロ賭博を発見されて誓約書を提出したことがあったが、梅田営業所長になってからも、外勤に行くと虚為の事実を告げるなどして、勤務時間中に外出して週に少なくとも一、二回は麻雀をしていた。

(三) 原告は、他の従業員に対してしばしば暴言を吐いたり、原告の勤務態度を諫める従業員関根ふさに対してその地位を利用して脅迫的な言辞を吐くなど、管理職のみならず従業員としても不適格な言動があった。

第四争点に対する判断

一  被告の主張する解雇理由について順次検討するに、まず、(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

1  被告会社の梅田営業所では、一台のタクシーに二人の運転手を配置し、どの車両にどの運転手を配置するかは、同営業所の所長であった原告が決定することとされていたが、平成元年三月二日午前九時五〇分ころ、同営業所所属の運転手であった志田英紀が、営業所内の事務所で、同人に対する配車を小型車から中型車に変更してほしい旨を原告に対して申し入れた。

タクシー営業にあっては、小型車の方が料金が安いだけ客がつきやすいということがあったが、同じ距離を走っても営業収入が多く、燃料補給が一日一回で済み、身体に楽であるという利点のある中型車の方が運転手に好まれていた。志田もその例外ではなく、入社の際には小型車しか空きがなかったため小型車を配車されることに同意していたものの、その後二回ほど中型車担当の運転手が空いたときに同様の乗換えを希望したが、実現しないままであった。

2  志田からの申入れを受けた原告は、志田が小型車で相当の売上を挙げていたことを指摘して、変更しなくともよいのではないかと言いながらも、同年四月からの運転手の組替えに当たって、検討することを約した。そして、運転手の一条と組み合わせることを提案したところ、志田もそれに異存がなかった。

3  その後数分して、原告が志田に対して配車の件について一条と相談しておく旨述べたところ、志田は、原告が配車替えにつき一旦約束しながら急に曖昧な態度になったと感じて原告に対して腹を立て、前にあったカウンターを叩いて原告を非難する言葉を浴びせた。

4  志田の言動に原告もまた怒りが込み上げ、机に向って座っていた姿勢から立ち上がり、カウンターを回って志田のところへ行った。志田はカウンターの前から斜め後方に後退し、事務所の壁際に畳一畳分位の大きさで簡易ベッドのように設けられていた休憩場所(以下「簡易ベッド」という。)の前で原告と向かい合った。

志田の前に立った原告は、「座れや」と言って志田の両肩を強く下方に押しつけた。押された志田は、高さ三〇ないし四〇センチ位の簡易ベットの端で足をすくわれたようになって転倒し、簡易ベットの上に腰から落ち、さらに後頭部を壁にぶつけた。志田はすぐに立ち上がったが、原告は、再び両肩を押しつけて同様に転倒させた。このようなことを数回繰り返していたところ、運転手の植村が原告を制止したので、志田は事務所の外に出ることができた。そして、一旦営業所外に逃れた後再び戻って原告に会ったが、原告が謝罪しなかったため、その日のうちに原告の暴行について警察に告訴した。

5  志田は、原告の右の暴行により、頭部、右肩打撲の傷害を受け、同日中西医院で治療を受けた後、同月四日から同年四月一四日まで浩生会スズキ病院に治療のため一一回通院した。

以上の認定に反して、原告本人は、原告は志田の両肩を押さえて簡易ベットに座らせただけであり、頭をぶつけたのは志田が作為的にしたものである旨供述し、樺沢光春の供述録取書である(証拠略)にも同様の記載があるが、これらの供述内容にはいささか不自然なところがあることを否定できず、前掲各証拠に照らして採用することはできない。また、植村清の供述録取書である(証拠略)の記載中にも、原告は志田がひっくりかえるような押し方はしていないとする部分があり、右認定に反するかのようであるが、植村は志田の倒れるところを見ていないと述べており、右の記載部分も結局右認定を覆すに足りるものではない。

二  次に、原告の平常の就業態度に関する被告主張について判断するに、(人証・証拠略)によれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告本人の供述は、右の各証拠に照らして採用できない。

1  原告は、梅田営業所長になった後、勤務明けの運転手と勤務時間中であるにもかかわらず昼間から麻雀に興じることがあったが、昭和六三年一〇月ころからはそれがかなり頻繁になり、週に二、三回に及ぶこともあった。また、時には一緒に麻雀をする運転手の中に勤務すべき者がいたこともあった。

2  原告は、勤務を明けた運転手が飲酒する際、運転手から勧められると、運転手の苦情や相談事などが聞けることもあるとの理由で、午前中から一緒に酒を飲んでいたが、このような勤務中の飲酒の機会は、週に二、三回にもなっていた。また、原告は、昼食後休憩室でほとんど毎日昼休みの時間に睡眠を取っていたが、昼休み時間が終了してもそのまま眠っていることが多く、午後三時ころになって起きることも珍しくなかった。

三  さらに、被告の主張する暴言等の従業員として不適格な言動の存否についてみるに、原告につきそのような言動があった事実は、本件全証拠によるを認めることができない。もっとも、原告が関根ふさに対して、社長が辞めろというから辞表を書くようにと告げたことを認めることができるが(人証略、原告本人尋問の結果)、それが関根の諫言に対して同人を脅迫する趣旨でされたとすべき証拠はなく、原告が供述するように、実際に社長から原告が言われていた可能性も否定できないから、右の言動を捉えて原告が従業員として不適格であるということはできない。

四  そこで、原告が解雇権の濫用の理由として指摘するその余の事由について考えるに、(証拠略)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告主張のとおり、本件解雇につき弁明の機会が与えられなかったこと、原告が昭和五六年と六〇年に精勤して会社発展に協力したとして被告会社から表彰され、昭和五七年と六〇年に交通事故防止のために尽くしたとして警視庁等から感謝状を送られたことを認めることができる。しかしながら、本件解雇の真の動機が原告主張のとおりであり、原告が個人的に敵意を持たれていた事実については、本件においてこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

五  以上の認定、説示に基づいて、本件解雇の効力について判断するに、原告は、営業所長という要職にありながら、前記一で認定するとおり、その発端が志田の態度にあったとはいえ、同人に対して暴行を加えて傷害を負わせており、また、日常の勤務態度においても前記二に認定するとおり規律に乱れがあったものである。そうすると、被告会社において、管理者としてふさわしくないとして、予告手当を提供したうえ原告を解雇する措置を採ったことが不当であるということはできず、前記四に認定した解雇前に原告に弁明の機会が与えられなかったこと及び原告が表彰等を受けていたことを考慮しても、右の判断になんら影響はないものといわざるを得ない。したがって、本件解雇が解雇権の濫用であるとする原告の主張は、結局採用することができない。

第五結論

以上のとおりであるから、本件解雇は有効であり、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判官 相良朋紀)

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